上武絹の道

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高山長五郎 韮塚直次郎 尾高惇忠 尾高勇 渋沢栄一
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尾高惇忠

尾高惇忠

富岡製糸場初代工場長

渋沢栄一の従兄であり、幼い頃の渋沢の論語の師でもあった。尾高は名主を務める家に生まれ、幼い頃より学問に秀で、江戸時代後期に曾祖父が建てた生家で塾を開いた。1869年(明治2)、役所による農業用水の取水口変更に関して抗議し、政府に陳情し事件を解決している。このことが政府高官に認められ、新政府に仕えることとなる。富岡製糸場設立には用地選定から携わり、建設の際には「木骨れんが造」という特異な構造を実現させるため、韮塚直次郎にれんがづくりを一任した。製糸場の操業開始とともに初代場長。「至誠如神(至誠は神のごとし)」を信条とし経営に尽力した。製糸場の規律維持を図るとともに、工女の教育に心を砕き、技術だけでなく教養の向上に努めたと言われる。
彼は自分の娘の勇を工女第一号として入場させ、なり手のなかった工女を集めることに成功した。

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